シゴクリ本発売記念

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江戸のシゴト事情(2/3):江戸のシゴクリ

「い~しや~きいも~、やきいも~。」

冬は焼き芋、ラーメン、おでん。夏はわらびもち、風鈴屋。
さおだけ屋に豆腐屋、私の家の近所だとトラックの玉子売りがきます。
屋台や移動販売、最近めっきり少なくなってしまいましたね。

こう言った商売の発祥は江戸時代です。天秤棒に籠や桶を振り分けて、野菜やおかずを売って歩く。道具の売り買いや、修理屋さんもおりまして、「物売り」「振り売り」「ボテフリ」などと言いました。浮世絵や川柳にも多く残っていることから、人々の暮らしに欠かせない商売だったと思われます。

物売りは誰でも始められる手軽な商売でした。身ひとつで始められて、わずかな元金があれば店舗もいらない。仕入れをするなら技術も必要ありません。今でいうネットショップに近いですね。※1種類もいろいろで、定番の豆腐屋さんや魚屋さんは毎日決まった時間に現れます。甘酒売りや蚊帳売りなど、季節を感じさせる商売や、農家のおかみさんが裏山でとった蕨を売りに来ることも。中には売り声や衣裳に工夫を凝らして、通りかかるだけでも楽しくなってしまうような商売もあったそうです。

納豆売り:「納豆のあとからばつたばたとくる」(納豆売りのあとから、朝の物売りたちがやってくる) 数ある物売りの中でも納豆売りが一番来るのが早かった。

納豆売り:「納豆のあとからばつたばたとくる」(納豆売りのあとから、朝の物売りたちがやってくる)
数ある物売りの中でも納豆売りが一番来るのが早かった。(イラスト・いずみ朔庵)

扇地紙売り:4月半ばから夏にかけて扇子やそれに貼る紙を売りに来る。粋な男前が多いとされた。

扇地紙売り:4月半ばから夏にかけて扇子やそれに貼る紙を売りに来る。
粋な男前が多いとされた。(イラスト・いずみ朔庵)

とは言え、そういったものはまだ「まっとうな」商売です。やりたい仕事がないなら自分で作ればいいじゃない、と言わんばかりの変わり種が、昔の記録にはたくさん残されています。

例えば「願人坊主」の「判じもの」。

午前中、クイズ(判じもの)の問題を持ってきます。問題はタダですが、午後になると答えを売りに来ます。なかなか考えますね。「願人坊主」と呼ばれる大道芸人の商売のひとつで、歌や踊りを踊ってお金をもらったり、参拝の代理などもしていたようです。他にも、上半身だけ女郎の格好をして立てかけた格子から顔を出し、着物の袖をきせるでひっかけて吉原遊びのまねごとをしたり、右半身と左半身で違う衣裳を着て一人二役の芝居をしたり、芸を披露してお金をもらう商売は、アイデアも奇抜で面白いものがたくさんありました。

そうかと思えば「猫の絵描き」なんて商売も。

昔の家はねずみがよく出ましたから、ネズミ対策で猫を飼う家があったそうです。では、猫のいない家はどうするか。「猫の絵描き」に猫や虎の絵を描いてもらい、壁に貼っておけばネズミが怖がっていなくなります。…って、本当でしょうか?「ありがたいお坊さんが描いた絵だと効果がある」など諸説あるので、昔の人は信じていたかもしれませんね。私が思うに、この「猫の絵描き」はイラストレーターがヒマな時に坊主のフリをしてバイトがわりに商売をしていたんじゃないかと推察します。私もこれくらいのバイタリティは持っていたいものです。

そういうわけで、生まれたときからほぼ自分の職業が決まっていた江戸時代ですが、中にはこういう商売があたって職業そのものの間口が広がることもあったのです。大道芸のような仕事は江戸時代はあまり好ましく思われていませんでしたが、落語や歌舞伎のように、やがて日本を代表する芸能となっていったものもありました。どんな仕事も最初は卵の時代があったのですね。

今は仕事を選ぶとき、「自分らしさ」や「やりがい」を求めることが多いですが、江戸時代はそもそも「食べていく」ことが先決でした。今と違って健康保険も年金もないですしね、自分で何とかするしかないわけです。とにかく、何としても食べて行かなければ、とアイデアをしぼった結果、こういった奇抜な商売も生まれていったのだと思います。

では、「職業を選べなかった人たち」は仕事がつまらなかったのでしょうか。

もちろん、つまらなかった人もいるでしょう。ですが、与えられた仕事に日々の喜びを見い出していた記録は現代にも残っています。木遣りなどの労働歌。単調な作業でも少しでも楽しくできたでしょう。職人や商家の印袢纏(しるしばんてん)。かっこいいお揃いの制服はやる気を高めたと思います。下級武士の内職としてはじめられた植木の栽培。組屋敷ごとに競いあい、江戸にガーデニングブームを巻き起こしました。絞りの着物が禁止されれば江戸小紋を考え出したり、浮世絵に政治批判が入っていたり、彼らは決められた枠の中で「遊ぶ」ことが上手だったように思います。

私たちが今の時代に生まれてしまったのは、幸運でしょうか、不幸でしょうか。長過ぎる不況にいいかげんうんざりしてきますが、与えられた環境で「いかにおもしろく生きていくか」の知恵くらべをする気質が日本人にはあると信じています。

※1 幕府の許可が必要なものもあります。

(文・いずみ朔庵

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